今週のお題「憧れの人」今ではすっかり平気だが、女の涙が苦手だった。

 

彼女から電話がかかってきた。

「今、すぐに来て欲しいの」

「わかった。すぐ行く」

「待って。10センチ掛ける10センチの

大きなバンドエイドも持って来て。4枚くらい」

「薬局で買って行く」

 

おれは、薬局で大型の絆創膏が5枚入ったやつを

買うと、大急ぎで地下鉄の駅に向かい、彼女の家へと

急いだ。とは、言っても、おれの気持ちが急いているだけで

列車自体はいつものスピードだ。

 

彼女の家に着くと、彼女は猫を介抱していた。何か鉄条網みたいな

ものに引っかかったのか、人間にやられたのか、数箇所に

切り傷が出来ていた。彼女は恐らく、アルコールで消毒したのだろう。

そのにおいが、部屋に満ちていた。古いタオルで猫の傷口を

押さえて出血を止めようとしていた。

 

「絆創膏を貼るなら、傷の周りの毛を剃らないと・・」

「剃刀だと、眉毛の手入れをする小さいものしか無いわ」

「鋏で、出来るだけ短く刈り込んでしまおう」

 

猫は大人しくしていたが、やりにくい作業だった。幸い

それほど大きな傷もなく、3箇所に絆創膏を貼ることが出来た。

残りの絆創膏は予備にして、犬猫病院へは明日連れて行く事にし、

猫を専用ベッドに入れて休ませて置いた。

 

おれと彼女はコーヒーを飲んで一息つく事にした。

「あたし、正直言うとバンドエイドを傷に合わせてハサミで

切るって、全然考えつかなかったのよ」

「それで4枚って言ったのか」

「本当に慌てちゃって」

「応急処置をやるときなんて、誰でも慌てるさ。明日は病院で

ちゃんと手当てをしてもらえる」

 

彼女は泣いていた。ほっとしたせいだろう。おれは、泣かせて

おいた。あの時から、女の涙が平気になったような気がする。

 

この話には落ちはない。

 

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一応、村上春樹に憧れているチューニが書いたらこんな文章に

なるだろう、という想定で書いてみた。タイトルの『涙』から

して、アンノ風だし。